「反応」と「選択」
私達は、
自分に起きた出来事に対し、
どのような感情でも、
どのような解釈でも、
どのような反応でも、
自由に「選択」することが出来ます。
ですが、
人は独自の「パターン」を自分で作ってしまい、
特定の出来事に対して、
特定の反応を行う、
というような、常に、
その「パターン」に沿った「反応」をしてしまいます。
それは、
生き方の「癖」でもあり、
「個性」でもあり、
無意識的に「反応」してしまうので、
自分でもどうしようもない、と思いがちになるのですが、
これも、
数ある選択肢の中から、
自分が好んで「選択」していることには変わりはなく、
自分の「パターン」を拒否することも、
当然ながら「選択」出来るのです。
知らず知らずのうちに、
自分の「パターン」に固執してしまっているのです。
自分の何かを変えたいのに、
変えることが出来ないのは、
自分の「パターン」に、
自らが取り込まれてしまっている証拠。
人生の「主導権」を明け渡してしまっているのです。
勿論、
自分の人生の「主導権」は、
自分であることは、いうまでもありません。
自分の全ては、自分で「選択」するのです。