哲学的思考~Philosophical Thinking

~よりよく生きるために、自分自身を見つめ直す~

みんなが敵【再掲】

 
何かをはじめる時、何かを変えようとする時、
必ずといってもいいほど付きまとってくるのが、人間関係。
 
 
 
何事も中途半端はよくないのだが、
それは人間関係においても同じこと。
 


中途半端な馴れ合いがあると、
迷いや不安の元が増えるだけであり、
決断するのに足枷にもなったりする。

 
 
だから、少々極端ではあるが、
 
 
「自分の味方となる人以外は、全ては敵である」
 
 
そのくらいの心持ちでいるのが、
ちょうどいいのかもしれない。
 
 
 
とにかく、
嫌われることを恐れてはいけない。
 
 
 
何かを変えるには、
既存の考えややり方を変えなければならない。
必要によっては、人間関係も。
 
 
 
それにも拘わらず、
嫌われることを恐れ、躊躇していたら、
結局のところ、何も変えることは出来ない。
 
  
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みんな敵がいい。
敵がいないと何も出来ず。
勝海舟
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最後は自分【再掲】

 
不安や迷いは誰にでもある。
 
 
そして、
不安や迷いはどのような状況においても、
いつでも隙を見て襲ってくるわけで、
その度に、それを打ち消し、ねじ伏せ、折り合いをつける。
 
 
 
そのコントロールを、
自分に対して出来るかどうかにかかってくる。
 
 
 
 
不安や迷いは、
自分の内側で作り出しているものなので、
全ては自分がコントロールするしかない。
 
 
 
そもそも、自分の内側は自分しか知り得ないもの。
 
 
 
勿論、他人からのアドバイスや助けを求めることは出来る。
だが、他人が自分の状態を正確に知ることは敵わない。
 
 
 
苦しいことだが、
自分が前向きに立ち向かうしか、他に方法はない。
 
 
 
どんな時も、最後は自分しかいないのだ。
 

自分で答えを【再掲】

 
なかなか問題が解決が出来ず、悩み続けていることは、
誰しも一つや二つはある。
 
 
 
今は、インターネット等で様々な情報収集も可能なので、
様々なヒントはそこから探し出すことは出来るかもしれないが、
 
 
大概、悩みとなってしまうものというのは、
自分だけにしかないオリジナルばかりだ。
 
 
 
類似のようなものは、
もしかしたら外側に答えがあるかもしれないが、
それがそのまま今の自分にとっての答えにはならないだろう。
 
 
 
知識や情報だけではどうにもならない。
悩みはいつでも未知の問題であって、どこにも答えはない。
 
 
 
だから、
自分で考え、答えを見出していかなくてならないのだ。
 
 
 
それにも拘わらず、
自分で考えることをせず、
周囲ばかりに答えを求めてしまってはいないだろうか。
 
 
 
最終的に、答えを決めるのは自分なのに。
 

安全で確実なもの【再掲】

 
今の世の中、
様々なもの、様々なルール、様々な情報、様々な〇〇とあるが、
これらは全てより良く生きるために作り出されたものである。
 
 
 
そしてこれらは、人が作り出したものであり、
永久不変なものは何一つなく、常に変化をし続けている。
 
 
 
その一方で、私達は、
いつも、安全で、確実で、不変なものばかりを求め、
それにすがってしまおうとしてしまう。
 
 
 
安全で確実なものは何一つないというのに、
そこに安定や確実を求めてしまい、
逆に不安になってしまっている。
 
 
 
何かに頼りきったり、すがったりする姿勢が、
自分の生きる力を失わせたりすることもある。
  
 
 
だから、
不確実で不安定なことも全部引っくるめて、
受け入れてしまおう。
 
 
 
それが、
もっと楽に生きることにつながるはずなのだから。
 

自分に対する嘘【再掲】

 
人生で難しいこと、
それは嘘をつかずに生きることではないだろうか。
 
 
 
程度の差はあるとしても、
誰しも嘘をつかずに生きているというのは、
ほぼ皆無ではないかと思うのである。

  
 
勿論、好んで嘘をつくということはなく、
何かしらの理由や生きるための方便であったりするだろう。
 
 
 
そして理由はどうあれ、
嘘をつくことは、とても心苦しいものでもある。
 
 
 
更に、その苦しさから一時的に開放しようとして、
 
自分に言い訳をしたり、
自分を誤魔化したりと、
 
心の中で自分を正当化しようとする。
 
 
 
しかしながら、それが結果的に、
もっと自分を苦しめることになったりするのである。
 
 
 
だからせめて、
自分自身の中だけでは、
嘘をついてしまったことを、素直に認めてあげよう。
 
 
 
自分の中では嘘をつくのはよそう。
 

自分との対話【再掲】

 
私達は一日に何万回も、
自分自身と対話している。
 


その対話はもちろん、
自分自身しか知り得ないものなのだが、
 
 
それがために、飾る必要もなく、
感情のまま、素直でストレートな言い方をしているだろう。
 
 
 
とりわけ、
失敗したり、うまく出来ない自分へ対するネガティブな思いを、
より辛辣な形で、自分に対してぶつけてしまったりしているだろう。
 
他人に対しては憚られるような言い方も、
自分に対してはしているのかもしれない。
 
 
 
自分自身の反省のため、
自分に対して厳しくあることも、時には必要かもしれないが、
自分を責めてばかりしていないだろうか。
 
 
 
自分を責め、自分を傷つけているのは、
他の誰でもなく、自分自身ではないだろうか。
 
 
自分の内面を知りうるのは、唯一自分ただ一人。
自分を一番労わることが出来るのも自分。
 
 
 
そんな自分を、雑に扱ってしまってはいけない。
 
 
 
だから、まずは自分との対話から見直そう。
 
 
ただ感情に任せてしまうのではなく、
もっと丁寧に、もっと大切にしていこう。

 

必要な鈍さ【再掲】

 
私達は普段、会話等でのコミュニケーションにおいて、
発している言葉とは別に、
その言葉の裏に隠された意図を読み取ろうとする。
 
 
 
それによって、
やり取りをより円滑なものに出来たりするのだが、
 
 
一方で、必要以上に相手の意図を読み取ってしまうが故に、
余計な干渉をしてしまうこともある。
 


そして、それが自分を苦しめることにもなったりする。
相手は何もしていないのに、
自分で勝手に、自分の心を相手に譲り渡してしまうのだ。
 
 
 
だから、あえて鈍さを持ち続ける。
相手の意図を知っていても、知らない風を装う。
 
 
 
鈍くいることが、自分自身を守り続けるのだ。