哲学的思考~Philosophical Thinking

~よりよく生きるために、自分自身を見つめ直す~

思いと行動

 
私達は、
心の中でやりたいと思ってみても、
 
 
実際に行動に移すことなく、
 
心の中で終わらせてしまっていることというのは、
実に多いものです。
 
 
 
 
実際にやるためには、
お金も時間も労力もかける必要があり、
 
 
心の中で思う以上に、簡単にはいかないからなのです。
 
 
 
 
ですので、
どうしても先延ばしになりがちになってしまうのですが、
 
 
やりたいと思う気持ちは、
時間が経てば経つほどに、薄れ、
 
 
終いには、
どうでもよくなってしまっていることもあるのです。
 
 
 
 
いまを逃してしまえば、もう二度と、
やってみようという気持ちは湧かなくなるかもしれない、
 
 
自分でも気が付かない内に、
 
自分にとっての大きな機会を
失ってしまっているかもしれないのです。
 
 
 
 
 
何事も、
興味や好奇心があってこそですが、
 
 
知らず知らずのうちに、
思いを思いだけで片付けてしまい、
 
 
やってみるということを
どこかに置き忘れてしまってはいませんでしょうか。
 
 
 
 
やりたい気持ちに、
理由も根拠もないかもしれませんが、
 
 
思いを形にすることでしか、
見ることの出来ないものがあるのですから、
 
 
思いだけで終わらせてしまうのは、
とても勿体ないことでもあるのです。
 
 
 
 
もっと、
やりたいと思う気持ちを大事にしてみるのです。
 
 
 
はじめるのは、
今からでも決して遅くはありません。
 
 
自分の気持ちに素直に従ってみることが大事なのです。
 
 

思いを実現するために

 
私達の多くが、
何か叶えたい思いを持ちながらも、
 
 
その思いを叶えるためにはどうするかを
具体的にまで考えなかったり、
 
 
もしくは、
叶えようと具体的に行動しないまま、
 
 
自分には叶えられない、と
 
諦めたり、投げやりな気持ちに
なってしまうことがあります。
 
 
 
 
ですが、
どこまでいっても、
 
 
自分の思いを叶えられるのは、
自分だけなのです。
 
 
 
当たり前のことかもしれませんが、
自分だけなのです。
 
 
 
他の誰かが、
代わりに叶えてくれるわけでもなく、
 
 
そもそも、
自分以外の他人が、
それを実現させることは不可能なのです。
 
 
 
 
 
自分を除いて、
誰も自分の思いを叶えることは出来ないのですから、
 
 
自分が叶えるしかないのです。
 
 
 
 
 
何もせずに、
ただただ、自分には出来ないと、
 
諦めてしまってはいませんか。
 
 
 
そもそも、
何をどうすればいいのか、
 
それすらも分からないかもしれませんが、
 
 
その答えも、
誰かが知っているわけでは、勿論ありません。
 
 
 
答えは、
自分が創り出す(見つけ出す)しかないのです。
 
 
 
 
自分の思いは自分にしかどうすることも出来ない、
ということを、
 
 
私達は、何度でも、
心に留めておかなければならないのです。
 
 

認められたいということ

 
自分が認められたい、という思いは、
多かれ少なかれ、誰もが持っています。
 
 
 
そして、そのために、
 
他人を意識し、
他人よりもよい結果を残そうと努力するのです。
 
 
 
 
本当はただ、
自分が認めてもらいたいだけであり、
 
 
それをするのは、自分だけで、
 
 
自分が自分を認めさえすれば、
それだけで十分なのですが、
 
 
他人より優位にいることを確認することでしか、
その思いを満たされることはない、と、
 
 
そう思い込んでしまっており、
 
 
他人を介することによってでしか、
自分を認めることが出来ないでいるのです。
 
 
 
 
 
自分が自分を認めようとしないのは、
 
 
他ならぬ、
その自分自身を心から信じていないからで、
 
 
自分を信じることから、逃げている、
とも言えるのです。
 
 
 
 
 
私達は、
他人より優位にいる必要はなく、
他人を意識する必要も全くないのです。
 
 
 
それよりも、
自分としっかり向き合うこと、
自分を信じることが必要なのです。
 
 

条件付きの価値

 
誰もが、自分の中に何かしらの形で、
自分の存在価値を求めようとしています。
 
 
 
 
何かが出来る自分、
何かが得意な自分、
努力している自分、
頑張っている自分、
誰かの役に立っている自分、
社会に貢献している自分、
・・・
 
 
 
 
自分自身に価値を認めるためには、
 
 
様々な条件を自分に課し、
それを満たすことによって、という、
 
 
どうしても、何かしらの条件がないと、
自分のことを認めたがらないものなのですが、
 
 
 
別に、そのような条件があろうとなかろうと、
自分の存在価値に変わりがあるわけではなく、
 
 
自分にはいま、何もなかったとしても、
自分の存在価値、存在意義というのは、確かにあるのです。
 
 
 
 
 
何を持って価値を見出すのかは、
 
 
自分が決めるものであって、
他人が決めるものではありません。
 
 
 
自分には存在価値がないのではなく、まだ、
見出せていないだけのこと、
 
 
ただそれだけのことなのです。
 
 

不自由な思い込み

 
起きた出来事は、一つであっても、
物の捉え方というのは、無数にあるもので、
 
 
全ては、
自分の見方次第、心の持ちようで決まります。
 
 
 
 
例えば、
 
自分にとって嫌な事、苦手な事であっても、
 
 
やらなければならない事は、
生きていく上において沢山あるものですが、
 
 
それらも、全ては、
自分の中の思い込みが、ただそうさせているだけであって、
 
 
それ以上でも、以下でもないのです。
 
 
 
自分が、自分で勝手に、
嫌な事、苦手な事だと決めつけているに過ぎない、
 
ということなのです。
 
 
 
 
 
そもそも、
 
自分が何を考え、何を思うのかは、
自分の自由なのですから、
 
 
 
自分にとって、
楽しい事、嫌いな事等、
いろいろあるのは、あって当然のことなのですが、
 
 
 
それが、逆に、
 
自分自身を不自由にしてしまっている、
ということでもあるのです。
 
 
 
 
極端に言えば、
 
どのような事であっても、
 
 
自分の都合の良いように、
自分にとって気分のいいように、
 
 
受け止めればいいだけの話なのですが、
 
 
 
嫌いな事だと、
自分の思い込みに任せてしまうから、
 
 
それが、
ストレスや苦しみ、
更には、精神的、身体的な不調となって、
自分に返ってきてしまうのです。
 
 
 
 
 
私達は、
思い込むことなしではいられませんが、
 
不要な思い込みに囚われるべきではありません。
 
 
 
いま、私達に必要なのは、
自分の思い込みに気づくこと、思い込みを疑うことなのです。
 
 
 
すぐに、
思い込みを変えることは難しいかもしれませんが、
 
 
自分の思い込みを疑うことで、
 
 
いままでと異なる視点で、
物事を見ることが出来るかもしれないのです。
 
 

あやうさを生きる

 
この世界には、何一つ、
確実なものというのはないのですが、
 
 
それを分かっていながらも、私達は、
確実なものを求めようとしてしまいます。
 
 
 
 
自分自身が不安定で、頼れない存在であると、
思い込んでしまうからこそ、
 
 
確実な別の何かを頼ろうとするのですが、
 
 
それが結果として、
 
 
依存心を高め、
自分の生きる力そのものを失わせてしまう
ことにもなるのです。
 
 
 
 
 
全ての物事は、
常に変化するものであって、
 
 
不安定であり、危ういものです。
 
 
 
しかしながら、それでも尚、
 
 
そこに確かなものがあることを期待し、
そこにすがろうとすることによって、
 
 
却って、
自分自身を信頼することが出来なくなり、
不安になってしまうのです。
 
 
 
 
 
そもそも、
 
私達は、
不安定な世界を生きているのですから、
 
 
不安定なことであることを受け入れ、
不安定な流れに身を任せてしまうことが必要なのです。
 
 
 
 
確実なものを求めて、もがけばもがくほど、
不安は増すばかり。
 
 
 
不安定であることを受け入れ、
それを信頼することでしか、
 
 
不安を払拭することは出来ないのです。
 
 
 
 
 
私達自身も、確かに、
不安定な存在なのかもしれませんが、
 
 
それでも尚、
この不安定な世界を生きてきたわけなのですから、
 
 
誰もが、
この不安定な世界を生きる力を持っているのです。
 
 
 
 
不安定な自分、危うい自分、
ではありますが、
 
 
誰よりもそれを信頼するべきは、自分自身なのです。
 
 

状況を変えること

 
私達の多くが、
いま自分に起きている状況を、何とか変えようと考えます。
 
 
 
いま起きている状況というのは、
 
 
そもそも、
過去からの延長から来ているのですが、
 
 
私達は、
大元の原因を何とかしようと、
 
 
その原因である過去の出来事に対してのみ、
どうしてもフォーカスしてしまいがちです。
 
 
 
 
 
ですが、
 
当然ながら、
過去の出来事はどうすることも出来ないわけで、
 
 
そのことについて、
どれだけ悩んだり、悔やんだりしていても、
どうにもならないことには変わりはなく、
 
 
ただ唯一、出来ることは、
過去についての解釈を変えるだけなのです。
 
 
 
 
私達が変えられるのは、
 
 
既に起きた過去の出来事ではなく、
過去に対する解釈であって、
 
 
解釈するに当たっては、
いまの自分の在り方や、自分の思考が重要になってくるのです。
 
 
 
 
フォーカスすべきは、
過去の出来事ではなく、
 
 
過去の出来事をどのように解釈、認識しているのか、という、
いまの自分の思考なのです。
 
 
 
 
過去に対する解釈、認識を変えることで、
いまの自分、という見方も変わり、
 
 
それが結果的に、
いま自分に起きている状況を変えることに繋がるのです。